石橋 七海の顔写真

笑顔に溢れる最高の運動会をサポートします!

アシスタントプロデューサー

石橋 七海

イベント事業部
東京本社

スポーツが好きな故に、金融機関から運動会屋へと全くの異業界に転職。
大人はもちろん、お子様やご年配の方にも笑顔になっていただけるような運動会を運営してきました。
東京ビックサイトにて、2000人の前に立ちホイッスルを吹いた時の身震いと興奮は忘れられません。

My Story

1994年、神奈川県藤沢市にて生まれる。

7歳 … 心房中隔欠損という病気が発覚し、数時間における大手術を無事に終える。
ICUで目覚めたときに父と母が泣いているのを目の当たりにし、大変な病気だったと実感するとともに、両親を大切に生きることを決意。

10歳 … ある程度人並みの体力に戻り、祖父の影響で野球を始める。
最初は嫌々だったが、漫画「こち亀」をエサに地元クラブチームへ入会。

12歳 … クラブチームのキャプテンに就任。
この頃から野球・スポーツに対する想いが強くなり、身体を動かす楽しさが芽生え始める。

中学時代 … 野球部に入部するも、周りの環境に流されてしまい、学問においても部活動においても中途半端なまま卒業。
今でも後悔の3年間を過ごす。

高校時代 … 中学3年間の後悔を晴らすべく、野球部に入部。
しかし、校庭の環境や隣人トラブルの関係から、一般的な練習はできず新聞紙ボールを打ち込む日々。
2年夏、腰の大怪我で一度野球を諦め、選手からマネージャーへ。
一番相談した人であり、理解者であったのは両親だった。
3年春に復帰し、人生で一番の努力をし最後の夏の大会に出場。
スポーツの素晴らしさを再度実感した3年間だった。

大学時代 … 1年間の自宅浪人を経て、かねてから興味のあった映像学の道へ。
映像を学びつつ、趣味となったカメラや野球観戦に打ち込む日々。
大学3年、eスポーツイベント運営のゼミに所属し、主に広報・カメラマンとして活動。
同時に大学4年にて、課題としてエントリーした自作CMが地域のコンクールにて入賞。
映像制作の楽しさを実感するとともに、イベント制作の面白さを実感した4年間であったが、就職活動で「安定」を求めすぎた結果、信用金庫へ入社。
内定をもらったその瞬間から違和感を感じ始める。

信金時代 … 2018年4月、地元信用金庫へ入社。無駄な書類整理や判押し、混沌とした金融社会に嫌気が差し、入社4か月で働きながら転職活動・退職を決意。
この時も一番の相談者であり理解者は両親であった。

運動会屋との出会い … 転職活動中、たまたま転職サイトにて運動会屋の求人を発見。
自分の過去を振り返ったとき、「スポーツの楽しさ」
「イベント制作のやりがい」とマッチしていると感じ、応募。
面接の際、自分の学んできた映像を生かせる職場でもあるのではないかと実感。
この時、もう一社から内定をいただいていたが、スポーツ×イベントを核としたこの会社こそ自分に合っていると確信し、運動会屋に入社を決める。

運動会屋へ … 2018年10月、運動会屋へ入社。
最初は何も分からないことだらけで、ただただがむしゃらに過ごす日々。
ただ、確実に前職と違うと感じていたことは、周りの環境・先輩の人柄。
自分のやりたい事、興味を仕事にしているというやりがいであった。
2019年6月、初めて自分のお客さんの運動会を開催。
スポーツ×イベントを通じ、「ありがとう」と直接感謝される仕事は他に無いと確信した瞬間であった。

今後の夢と目標 … 2年目となり、後輩もたくさん入ってきて、自分の立場の理解と仕事に対する責任感が芽生えている。
今の自分は、運動会のプロではあるが、運動会屋というプロ集団の中でもプロではない。
自信を持ってプロ集団中のプロと言える立場になり、イベントを理解し、新たなステージとして、大学で学んだ映像学を運動会屋で生かし、どんな形であろうと自分で創った映像・サービスを両親に見せることで、自分の人生の経緯を辿った親孝行とすることが夢である。